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はじめに
巷では肉ブームです。おいしい お肉を食べた時の、あの幸せな気持ち。充たされた気分になりますよね。「年寄りこそ肉を食べなきゃっ!」何と説得力がある響きでしょうか。それに、糖質制限で、お肉をいくら食べてもOKの食事をしている人たちには、肥満にならずに筋肉量を増やすことができるし鬱予防にも良いらしい。とても理にかなっていると考えておられる方も多いのではないでしょうか。 かくいう私も、つい最近までそうでした。ある時、ふっと「肉食を中心とした西洋食はがん、心血管疾患、糖尿病といった現代病を増加させる。」という、どこかで読んだ記事が頭をよぎりました。「あれっ?今やってること、つじつまが合わってないやん!」ということで、最新の研究ではどうなってんの?と論文に直接あたって、「お肉と、どう付き合えばいいの?」に答えを出すことにしました。それでは、さっそく詳しく見ていきましょう。
(注)今回扱う、お肉の定義は、英語でred meatと表記されている赤肉、及び、その加工肉であるハム、ソーセージ、ベーコンです。なお赤肉とは牛肉、豚肉、羊肉(マトン、ラム)、馬肉、山羊肉といった哺乳類の肉で、鳥類の鶏肉や魚類の魚肉は含まれません。
高齢者は意識してタンパク質の多い食品を食べよう。
まず、図-1を、ご覧ください。高齢者は、タンパク質の摂取不足、吸収不足から血液中のアルブミン(血液中で最も多いタンパク質)の濃度が低下した低アルブミン血症(≦35 g/L)に、陥りやすいことが分かっています。(出典1)低アルブミン血症は、身体にとっては危機的状況です。なぜなら、私たちの身体を機械に見立てると、その部品のほぼすべてが、タンパク質で出来ています。そして、この部品は時々刻々と劣化→分解→合成→劣化→分解→・・・を繰り返して機能が保たれています。ところが、高齢になると合成が遅くなり部品の供給が追い付かず全身の機能低下に、つながっていきます。事実、図-2のように、加齢性のアルブミン濃度の低下の程度がはじめの3年間で大きいグループほど次の3年間での全死亡リスクが高くなることがオランダの研究で分かっています。(出典2)それでは、この高齢者の低アルブミン血症の原因はというと、少なくとも日本人の場合は、加齢による消化吸収力の低下ではなく、むしろ、食べたいと思うタンパク質が、吸収されやすい肉から、吸収が少し落ちる魚や豆腐に移ることによるとされています。(出典3)「ほーらね。やっぱり、お肉食べなきゃ!」と思われた方、もう少し読み進んでから判断して下さいね。このことを報告した研究者は、無理に脂っこいと感じる肉に戻る必要はなく、魚や豆腐の食事にタンパク質の吸収が抜群の鶏卵を1日2個あるいはコレステロールが気になる人は卵白を1日3個分(タンパク質として10グラム)追加すれば改善できることを提案しています。でも、余った3個分の卵黄はどうすればいいの?とは思いますが・・・。(出典3)具体的なタンパク質のとりかたは、また別の記事にすることにして次を急ぎましょう。
「毎日お肉」だと、筋力・俊敏性の低下を招く
英国ニューカッスル在住で1921年生まれ(2006年当時85歳)の高齢者791人(女性61.8%)を対象にした研究では、肉を毎日食べると、老化を加速してしまうことを解明しています。毎日の食事が肉中心食(赤肉および、ジャガイモ、肉汁を中心とした食事)であるグループと、そうでないグループとを比較すると、驚いたことに肉中心食の人たちの方が加齢による筋力の衰え、敏捷性の衰えが加速されていることが分かったのです。別の言い方をすると、加齢性筋力低下(サルコペニア)から寝たきりへのコースに入るリスクが高まっていたのです。もう少しざっくりと言うと、肉を毎日食べると、老化が促進されるのです。(出典4) 老化を少しでも遅らせて最期までボケない・寝込まないを目指す我々は、「毎日、お肉」は避けた方が賢明です。でも、「お肉は一切食べない」の選択をする必要はありません。毎日習慣的に食べるのは良くないというのが結論ですから・・・。お肉は何かを達成した時の”ごほうび”として記念日やハレの日の食事に使いましょう。幸せな気分になること間違いありません!
「毎日お肉」は認知機能の低下を招く
「最期まで寝込みたくない、ボケたくない!」のうちの「寝込みたくない!」を、達成しようとすると「毎日お肉」は避けるべきということは分かりました。では「ボケたくない!」の方は?お肉で、鬱にならないし、頭が冴えてボケないんじゃないの?と思われる方のために、調べてみました。本論に入る前に、認知症の治療薬の現状の把握から始めましょう。脳内に蓄積するアミロイドβという老廃物を取り除くと認知機能を回復できるはずとのアミロイドβ仮説に基づいた薬は今までに多数、開発されてきたのですが、すべて認知機能の低下速度の改善効果を見出せずに脱落してきました。ところがアデュカヌマブという薬に、2021年6月7日(現地時間)に米国FDAが、遂に、このタイプの認知症治療薬としては、初めての承認を決定しました。ただし、アミロイドβの除去は確かだが、それによって認知機能の低下速度を確実に改善するかどうかは科学的に不確かなので2030年までに認知機能の低下速度を確実にスローダウンするという臨床試験結果を出すことを条件に迅速承認(仮免許承認)されたものです。(出典5)すなわち、世の中に確実に認知機能の低下をスローダウンする医薬品は存在しないと言うことです。「えっ!認知症治療薬って、まだ、そのレベルなの?」と驚かれることだと思いますが、残念ながらそうなのです。
ところが、医薬品から食品に目を転じると、食事内容によって、この認知機能の低下速度をスローダウンしたり速めたりすることが分かってきています。図-3を、ご覧ください。縦軸が認知機能を示しています。上側が認知機能が高く下側が認知機能が低いことを示します。横軸は観察期間で10年間観察しています。破線が毎日、MIND食と名づけられた野菜果物・魚介類・ナッツ類・全粒粉中心の食事をとった人達、点線が上記MIND食を75%位順守した人たち、そして太線が毎日、肉中心の食事(ステーキ+ハンバーガー+チーズ+フレンチフライ+チキンナゲット+スィーツ)の人達を示しており、肉中心の食事は、認知機能の低下を速くし、野菜・魚介類・全粒粉中心の食事は、認知機能の低下にブレーキをかけることが分かります。( 出典6)ボケたくないなら、「毎日お肉」は避けた方がよさそうですね。
赤肉・加工肉は老化を速める
世界がん研究基金(WCRF)のがんリスク継続評価プロジェクトの2017年の発表によると、「毎日・赤肉」は、ほぼ確実に、「毎日・加工肉」は確実に、結腸直腸がんリスクを高めます。 (出典7)このように、「毎日お肉」には、①筋力、俊敏性の低下促進②認知機能の低下促進③結腸直腸がんリスクの増加が、ありました。これらすべて加齢性にそのリスクが増加する疾患ばかりです。ということは、お肉は、老化そのものを加速しているのでは?という仮説を考えることができます。この仮説を確認するには赤肉、加工肉の常食で全死亡リスクが高まっているのか?つまり寿命の短縮が起こっているのか?を確認すればいいわけです。そこでメタアナリシス研究論文にあたってみたところ、赤肉および加工肉の1日摂取量と全死亡リスク比の関係が報告されていました。(出典8)それが図-4です。縦軸が全死亡リスク比で、1.0 が赤肉・加工肉を全く食べない人のリスクで、赤肉(赤線)・加工肉(青線)の摂取で、その何倍の死亡リスクがあるのかを示しています。横軸が1日摂取量です。摂取量に比例して死亡リスクがぐんぐん高まっている、つまり老化を促進していることが分かります。またハム・ソーセージ・ベーコンと言った加工肉の方が牛肉・豚肉と言った赤肉よりも老化促進の効果が高いことも分かります。赤肉・加工肉って、まるで浦島太郎の開けてはいけない宝箱の煙の様ですね。
でも、なぜそうなのかを、知りたいという方は、「毎日お肉」が身体に悪い本当の理由とは?を、お読みください。
高齢者のタンパク質なら魚肉、豆腐あるいは鶏肉で決まり
それじゃあ、何でタンパク質を補給すればいいの?と、思いますよね。答えは、魚肉や豆腐(豆類も)です。図-5で分かるように、魚(青線)でも豆類(赤線)でも摂取量に応じて、全死亡リスクが低下しています。(出典8) すなわち、老化速度をスローダウンしているのです。「魚肉や豆腐はさっぱりし過ぎている。」「もっと肉々したものが食べたい。」という方には、鶏肉がお勧めです。ここには示しませんが、鶏肉は死亡リスクを低下も増加もしません。すなわち老化速度に影響を与えません。でも、老化速度に思いっきりブレーキを踏んで最期までボケない・寝込まないを目指す我々は魚肉や豆腐を主なタンパク質源にした方が、有利なのは間違いありません。豆腐は絹ごしよりも木綿の方が重量当たりのタンパク質量が多いのでお勧めです。なお、図-4、図-5の結果は177,655人(赤肉)、143,572人(加工肉)157,688人(魚肉)、53,085人(豆類)のデータをプールしてから解析して得られたものです。
まとめ
1)高齢者は、歳を重ねるほどにタンパク質の摂取不足、吸収力の低下からタンパク質不足の傾向が強まるので、意識してタンパク質の多い食品を食べましょう。
2)主に、老化速度にブレーキをかける魚肉や豆腐(木綿がお勧め)からタンパク質を摂りましょう。また、老化速度に影響を与えない鶏肉も食の変化をつけるのに活用しましょう。
3)老化速度を加速してしまうお肉(赤肉、加工肉)は、ごほうびとして、たまに食べることにしましょう。幸せな気分に浸ってください。その時は、野菜を一緒に食べることも、お忘れなく。
出典
出典1 Gom I et al.,2007, “Relationship between serum albumin level and aging in community-dwelling self-supported elderly population” J Nutr Sci Vitaminol (Tokyo). 2007 Feb;53(1):37-42. doi: 10.3177/jnsv.53.37.
出典2 Schalk BWM et al., 2006, “Change of serum albumin and risk of cardiovascular disease and all-cause mortality: Longitudinal Aging Study Amsterdam” Am J Epidemiol. 2006 Nov 15;164(10):969-77. doi: 10.1093/aje/kwj312. Epub 2006 Sep 15.
出典3 長谷川範幸ら 2010年「高齢者の栄養状態と予後」日本老年医学会雑誌 2010;47:433-436
出典4 Granic A et al., 2016 “Effect of Dietary Patterns on Muscle Strength and Physical Performance in the Very Old: Findings from the Newcastle 85+ Study” PLoS One. 2016 Mar 2;11(3):e0149699. doi: 10.1371/journal.pone.0149699. eCollection 2016.
出典5 Cummings J et al., 2021, “Aducanumab produced a clinically meaningful benefit in association with amyloid lowering” Alzheimers Res Ther. 2021; 13: 98. doi: 10.1186/s13195-021-00838-z
出典6 Morris MC, 2015, “MIND diet slows cognitive decline with aging” Alzheimers Dement. 2015 Sep;11(9):1015-22. doi: 10.1016/j.jalz.2015.04.011. Epub 2015 Jun 15.
出典7 Continuous Update Project, World Cancer Research Fund/American Institute for Cancer Research, 2021, “Meat, fish and dairy products and the risk of cancer. 2018” https://www.wcrf.org/wp-content/uploads/2021/02/Meat-fish-and-dairy-products.pdf
出典8 Schwingshackl L. et al., 2017, “Food groups and risk of all-cause mortality: a systematic review and meta-analysis of prospective studies” Am J Clin Nutr. 2017 Jun;105(6):1462-1473. doi: 10.3945/ajcn.117.153148. Epub 2017 Apr 26.